大人だって、あと1点に夢中になっていい
「遊びなんだから、勝ち負けは気にしなくていい」。たしかにそうなんだけど、あと1点で追いつけるとなったら、ちょっと力が入る。相手のサーブを待つ間、さっきまでより真剣に構えてしまう。そんなふうに、点数があるからこそ楽しくなる時間もあるよね。
バドミントンのサークルは、試合に勝つことだけを目指す場所ではない。でも、勝ちたい気持ちを隠しておく場所でもないと思う。今回は、上手かどうかとは少し別の話。大人になってから楽しむ「勝負」について、書いてみたい。
点数があると、目の前の1本が気になる
ただシャトルを打ち合うのも楽しいけれど、点数を数え始めると、同じコートの見え方が少し変わる。今の1本を取りたい。次はサーブをきちんと入れたい。そうやって、ひとつひとつのプレーに小さな目的ができる。
特別な賞品があるわけでも、勝ったから何かの資格がもらえるわけでもない。それでも気になるのが、遊びの勝負の面白いところ。自分でも意外なくらい、あと1点に夢中になれることがある。
普段の生活では、何かをするときに「役に立つかな」「時間をかける意味はあるかな」と考えがち。でも、コートの中では、目の前のシャトルを返したいという理由だけで動いていい。点を取れたらうれしいし、惜しくも外れたら悔しい。その単純さが、案外ぜいたくだったりする。
もちろん、全員が同じ熱量である必要はない。試合の流れを楽しみたい日もあれば、一本でも多く返すことに集中したい日もある。自分なりの本気を持ち寄れるくらいが、サークルで遊ぶにはちょうどいい。
勝ちたい気持ちと、相手への気遣いは両立する
和気あいあいとした雰囲気と聞くと、真剣に打ったら浮いてしまうのかな、と感じる人もいるかもしれない。でも、和やかであることと、勝負を楽しむことは反対ではないよね。相手を大事にしながら、点を取りにいくことはできる。
たとえば、シャトルが入ったかどうか判断しづらいときに、強い言い方をしない。相手がまだ構えていないのにサーブを打ち始めない。得点しても、相手の失敗をからかうような喜び方はしない。そういう勝負の外側の気遣いがあると、安心してゲームに集中できる。
こちらは女性や初心者の参加も多く、年齢も経験もさまざま。だからこそ、誰に対しても同じ速さ、同じ強さで打つことが「公平」とは限らない。相手の様子を見ながら、お互いに楽しめるやり取りを探していくことも大切になる。
ゆっくりしたラリーでも、コースを考える面白さはある。強い球を打たなくても、どこへ返そうかと迷う楽しさはある。勝ち方を選ぶというと大げさだけど、点数だけでなく、その取り方にも遊びの余地があるんだと思う。
負けた試合にも、ちゃんと区切りがある
勝負をすれば、負けることもある。気にしないつもりでも悔しかったり、もう少しできたはずと考えたりするかもしれない。それを無理に、すぐ前向きな感想へ変えなくてもいい。悔しいなら、少し悔しいままで大丈夫。
ただ、ゲームの結果はその試合の結果であって、その人全体への評価ではない。負けたから場違いになるわけでもないし、勝てないと参加する意味がないわけでもない。サークルで過ごす時間まで、点数で採点しなくていいんだよね。
試合が終われば、お互いに挨拶をして、ひと区切り。点差をずっと持ち歩く必要はないし、次のゲームまで反省会にする必要もない。「次は取りたいな」と思ってもいいし、いったん水を飲んで気持ちを落ち着けてもいい。
またゲームを始めるときには、点数はゼロからになる。さっきの負けを帳消しにするためではなく、新しい一試合として遊べる。この区切りのわかりやすさは、スポーツのありがたいところだと思う。
真剣になっても、最後は一緒に帰る側
ネットを挟むと、向こう側にいる人は対戦相手になる。でも、同じ時間に体育館へ来て、同じ遊びを楽しんでいる仲間でもある。点を取り合う関係と、一緒に遊ぶ関係。その両方が同時にあるのが、サークルの試合のいいところ。
だから、目指したいのは、誰も悔しがらない試合というより、悔しくてもまた遊べる関係。勝ってうれしい気持ちも、負けて残念な気持ちもあっていい。そのうえで、終わったら気持ちよく挨拶ができれば、それで十分じゃないかな。
まだ試合に慣れていなくても、勝負好きかどうかがわからなくても、最初から楽しみ方を決めておく必要はない。ラケットは借りられるので、持ち物は室内靴だけで大丈夫。当日参加も歓迎している。
ふんわり体を動かすつもりで来たのに、気づけば点数が気になるかもしれないし、打ち合えるだけで満足するかもしれない。どちらも立派な遊び方。もし「この1点は取りたい」と思う瞬間が来たら、その小さな負けず嫌いも、遠慮せず連れてきてほしい。